2020年7月30日木曜日

小津清左衛門長生家

小津清左衛門長生(寛永十五年生~宝永七年正月十一日、享年七十六歳)
父は森嶋與次太夫長継、母は西町の堤仁左衛門女、五男虎之助。妻は本町の斗屋甚四郎女谷。
小津三十郎宗心の木綿店で奉公し初代支配人となる、三十郎宗心の養子となり、三十郎妻の妹谷と結婚し家督を相続、小津孫大夫と改名する。
しかし兄長弘のため貞享元年離縁し、兄長弘の家督を相続、小津清左衛門と改名する。
元禄十一年に木綿店伊勢屋権右衛門を開業。

長女虎(延宝二年生~延宝三年、享年二歳)

長男亀太郎(延宝三年八月十九日生~天和二年三月十九日、享年八歳)
延宝六年、清左衛門長弘の養子となる。

次男長之助(延宝五年十一月三日生~享保十六年九月晦日、享年五十五歳)
元禄十四年、木綿店伊勢屋権右衛門を父長生から譲り受け、小津孫大夫長英と改名、分家する。妻は小津小右衛門奏広女清。

二女菊(延宝八年二月二十日生~延宝八年二月二十日)

三男新五郎(天和元年正月二十五日生~寛保元年九月四日、享年六十一歳)
宝永七年、父長生から家督を相続し、小津清左衛門長康と改名する。妻は小津清兵衛道生三女玉。

四男清十郎(貞享元年七月八日生~元禄二年七月八日、享年六歳)

三女千代(?~元文元年正月二十四日)
享保十九年、小津屋清左衛門支配人だった別家寺田七郎兵衛と結婚。
七郎兵衛は、本家の命により森嶋才三郎長光の死去後家督を相続し、小津七郎兵衛浄喜と改名する。

四女常(?~正徳三年二月十一日)
小津小右衛門専久(?~貞享三年三月十一日)へ嫁ぐ。
小津小右衛門専久は、小津三十郎宗心の二代目支配人となり長生の跡、貞享元年家督を相続。土浦の醤油問屋小津屋三郎兵衛、夫婦とも土浦で死去。

小津三十郎宗心(元和三年生~宝永二年四月五日、享年八十九歳)は、捨て子だったため身寄りもなくまた跡取りもいなかった。跡取りは、小津孫大夫(清左衛門長生)離縁後、小津小右衛門専久が相続するが、長生家と縁組を結んでいる。三十郎家、土浦の醤油問屋に清左衛門家との関りが深く、土浦の小津屋の支配人小津茂右衛門家も関係している。
三十郎の木綿店小津屋小右衛門は、大傳馬町壱丁目南側にあり、享保五年四月の町内絵図面に間口四間半家主三十郎、間口五尺九寸小右衛門とある。(松阪市史第十二巻付図江戸大伝馬町一丁目町絵図)
また長生は、兄の紙店より木綿店に思い入れがあったのか、木綿店を開業し、二男長之助に経営を任しており、兄が開業した紙店は三男新五郎が相続した。(小西)

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