大伝馬町壱丁目紙見世小津屋清左衛門、長弘は、小津三郎右衛門より独立資金を借りて創業しており、先に帰郷していた小津三郎右衛門に頼み、松坂に帰郷する前に新居をお願いしている覚である。寛文六年(1666)に、妻と共に江戸から松坂に帰郷。延宝四年(1676)十一月に藪西之庄村の田地を購入、延宝五年(1677)正月に、長竹庵に寄進を行っている。
『此屋敷かい申覚 一西町三丁目小川や善兵衛手前ゟ此屋敷かい申候、但シ我等江戸ニ罷有小津三郎右衛門殿を頼候而買申候故、売手形ハ小津三郎右衛門殿名付ニして御座候事、其後名を書かへ不申候而其まゝ我等手前ニてかた御座候
藪西之庄村田地永代かい申候覚 (省略)
延宝五年みの正月廿六日 一右之田地ノ内我等屋敷さかいゟ東ノ方ハ長竹庵へ永代きしんニいたし置申候事、以来我等屋敷下水ゟ東ハ長竹分ニ而候、下水通ノ向ノかき迄我等屋敷分也 右之通心得可被申事 右此年貢壱斗弐升ツゝ藪西庄村宗兵衛殿へ渡ス・・・』 (万内所之帳、松阪市史第12巻p286)
長竹庵は、貞享四年(1687)、聴竹庵と呼ばれ大日堂が建立、元文三年(1738)、永昌寺が開基され、大日堂は、永昌寺境内となったようです。絵図は、松阪市史第九巻付録「松坂竝近郊細図」に「長竹」、松阪市史別館地図集成「長竹軒」、宝暦咄し西町二丁目三丁目「永昌寺 大日」が描かれています。
『仏光山永昌寺 西町ニアリ 禅宗同府養泉寺末ナリ元文三年慶才首座開基境内ニ大日堂アリ貞享四年建立当時本尊ハ浅香某寄附ス方俗聴竹庵ト称セリ』(安岡親毅・安岡八千女編纂、勢陽五鈴遣響 飯高郡巻之十)
『永昌寺之事 一佛光山永昌寺、禪宗、松坂養泉寺の末、元和三巳年年慶才首座開基、同境内大日堂貞享四卯年建、當時本尊西町浅香氏寄附す。縁起有、略之。(永昌寺聴竹庵称ス。大日堂観音堂ハ再建ノモヨホス。)』(久世兼由著、松坂権輿雑集 巻9、松阪市史第9巻)
『一、長竹大日堂建 (聴竹大日 後養泉寺ニ移す)』(森壺仙著、宝暦咄し、松阪市史第9巻)
『大日寺 西町三丁目 禅宗 養泉寺末寺 本尊大日如来』(本居宣長著、松坂勝覧、松阪市史第9巻)
『(天保十二年(1841))同(六月)廿八日曇、西町大日絵式ニ付、久蔵方ニ而善五郎方ゟ覚』(小津清左衛門長柱日記(一)p17)
『(天保十三年(1842))同(六月)廿八日雨、西町大日会式ニ付、小西小善ゟ重之内貰、昼間参詣ス』(小津清左衛門長柱日記(一)p75)
『(天保十五年(1844))同(六月)廿八日晴、西町大日会式ニ付、善五郎、小兵衛方ゟ小重貰申候』(小津清左衛門長柱日記(二)p70)
『(弘化四年(1847))同(六月)廿八日雨、西町大日会式ニ付、小西より重之内貰申候事』(小津清左衛門長柱日記(四)p36)
『(嘉永二年(1849))同(六月)廿八日晴、西町大日会式ニ付、花火御座候事』(小津清左衛門長柱日記(五)p46)
『(嘉永三年(1850))同(六月)廿八日晴、小夕立、雷弐ツ、一長竹大日会式、少々花火上申事、御代官堤ニて見物ス』(小津清左衛門長柱日記(五)p46)
『(寛永四年(1851)六月)廿八日 松坂町長竹永昌寺大日如来縁日』(荒井勘之丞著、勢国見聞集 巻十 松阪市史第8巻p305)
『(嘉永五年(1852))同(六月)廿八日晴、一西町大日会式ニ付、忠右衛門方ゟ小重被呉候事』(小津清左衛門長柱日記(七)p43)
『(安政二年(1855))同(六月)廿八日晴、風吹、一久蔵、忠右衛門、例之大日絵式ニ付、重之内被呉候事』(小津清左衛門長柱日記(八)p77)
『(安政三年(1856))同(六月)廿八日小雨少シ、昼後雷小夕立雨、一西町大日絵式ニ付、忠右衛門、勝蔵、精進之小重被呉候事』(小津清左衛門長柱日記(九)p47)
『(安政三年(1856))同(八月)五日晴、一朝大日妙(如)来致参詣候事』(小津清左衛門長柱日記(九)p56)
『(明治七年(1874))十一月下旬、西町元長竹ニテ角力 境川 綾セ川 雷電 朝日嶽 大纏 鯱ノ海 大入 あたご小屋浄瑠璃伊達太夫』(江戸地誌 随筆 耳の垢、松阪市史第9巻)
『永昌寺(長竹さん)跡 もと西町三丁目入口の北裏側にあった。仏光山と号し中町養泉寺の末。元文三年(一七三八年)慶才首座の開基と伝わる。境内に大日堂があった。町の人はこれを聴竹庵と称し、一般に「長竹さん」と呼ばれた。明治六年の寺社改めの時廃寺となり養泉寺に合併された。「宝暦はなし」に「長竹大日堂建」とあるから宝暦か安永の頃であろう。また「会式と云う事甚無数、長竹の会式を初てより段々会式始る」とある。』(松阪の町の歴史p35)
長竹大日堂は、大伝馬町の於竹大日如来と関係があるかと思い調べて見ましたが、関係はわかりませんでした。寛文六年(1666)、清左衛門長弘が松坂に帰郷する年に出羽湯殿山黄金堂境内に於竹大日堂が建立されています。嘉永二年(1849)三月、小津清左衛門長柱日記(五)に於竹大日如来開帳の記載があります、また西之庄村には毘沙門寺もありました。
松坂の方にご協力いただき調べることができました、ありがとうございました。(小津史料館 小西良明)



