2020年6月25日木曜日

鹿島紡績、東京紡績、三重紡績、東京商法会議所

鹿島紡績
 鹿島万平(1822~91)、嘉永二年(1849)、江戸堀江町四丁目に木綿・繰綿問屋を開業。
横浜開港後、綿花貿易に従事。
 元治元年(1864)、鹿島紡績所設立を計画。
 慶応三年(1867)、三井組に入り三野村利左衛門(1821~77)と生糸荷為換組合を組織。
 明治三年(1870)、滝野川に鹿島紡績所設立。
 明治四年(1871)、渋沢栄一に紙幣寮創設にあたり滝野川を推薦。
 明治五年(1872)、民間初の紡績工場、鹿島紡績所操業開始。
 明治二十一年(1888)、鹿島紡績所、東京紡績と合併、長男の鹿島万兵衛(1849~1928)取締役に就任。
 大正十一年(1922)発行「江戸の夕栄」を著。
  「江戸の夕栄」国立国会図書館デジタルコレクション
   https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/964412/47

東京紡績
 明治十九年(1886)、木綿問屋仲間、小津清左衛門、長谷川次郎兵衛、川喜田久太夫ら紡績会社設立を計画。
 明治二十年(1887)四月、深川区東大工町小名木川沿岸に東京紡績会社設立。資本金五十万円、社長は元三井銀行横浜支店長田村利七(1848~1911)、取締役長谷川次郎兵衛(1868~1925)、小津清左衛門(1865~1908)、西川庄六、川喜田久太夫(1878~1963)、鹿島万兵衛。明治三十一年(1898)時の大株主田村利七、渡辺多八郎、平沼専蔵(1836~1913)、長谷川次郎兵衛、小津清左衛門。
 明治二十一年(1888)、鹿島紡績所を吸収合併。
 明治二十二年(1889)二月、東京紡績会社操業開始。
 明治四十一年(1908)、創立二十周年を記念して橋場工場建設。
 大正三年(1914)、尼崎紡績と合併。

三重紡績
 明治十三年(1880)、伊藤伝七(1852~1924)により四日市に三重紡績所設立。
 明治十九年(1886)、渋沢栄一(1840~1931)により三重紡績株式会社設立。三重紡績所を合併。
 明治二十一年(1888)、本社工場操業開始。一万錘。
 明治二十二年(1889)、第二工場建設。
 明治二十六年(1893)、名古屋工場建設。
 明治三十年(1897)、津工場建設。
 明治三十四年(1901)、伊勢紡績を買収。
 明治三十八年(1905)、関西紡績と合併。
 明治三十九年(1906)、津島紡績、大阪西成紡績を買収。
 明治四十年(1907)、桑名紡績所、知多紡績所などを買収。
  取締役斎藤恒三、伊藤伝七、奥田正香(1847~1921)、九鬼紋七(1866~1928)、渋沢栄一、監査役川喜田四郎兵衛(1854~1919)、岡谷惣助(1851~1927)、小津清左衛門。
 大正三年(1914)、大阪紡績と合併し、東洋紡績株式会社となる。

東京商法会議所
 明治十一年(1878)三月、東京商法会議所設立。会頭渋沢栄一。
 明治十二年(1879)三月、小津清左衛門出席難しく議員除名を願出退会。
 明治十四年(1881)二月、渋沢栄一の紹介により小津清左衛門本店支配人釜田栄三入会。
 明治十四年(1881)六月、釜田栄三退会。 
 明治十六年(1883)十月、解散。商業会議所へ
 昭和三年(1928)一月、東京商工会議所に移行。

小津史料館に「温故而知新」青淵老人題(渋沢栄一)の色紙を展示しています。(小西)

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